ほんのり塩味
寝室のドアを開けると流れ出してきた涼しげな空気にほっと息をつく。
空調をあまり好まないイギリスだけど、自分が来る時には効かせてくれている。
今日もひんやりと冷えた寝室で抱きあっていたのだが、途中でサイドテーブルに置いてあったリモコンをイギリスが落としてしまった。その弾みで電源がオフになってしまったようだ。
縋るものが欲しくて伸ばされた手がぶつかって弾いたようだけれど、最初から俺にしがみついていればそんなことにはならなかったのだ。
熱さを増していく身体に反して、空調はその役目を果たすことが出来ず、冷気はどんどん失われていく。
重なり合って生まれる熱が室内の温度を上げて行き、浮かんだ汗が互いを濡らす。
動きに合わせ、はぁはぁと零れる熱い息が、さらに部屋を暑くする。
イギリスの額に浮かんだ汗を手のひらで無造作に拭う。
しっとりと濡れたそれを、べろりと舐めると塩の味がした。
「……しょっぱい」
こんなに甘いカラダなのに、塩の味がするなんて不思議だった。
砂糖の味がしたって全然不思議じゃないのに……むしろ、その方が自分には良い。
「……っ、当たりめーだろっばかぁ」
思わず漏れたひとことにイギリスが顔を赤くしながら反論する。
目を背けながらのそのセリフに、汗を舐められたのが恥ずかしかったのだと知る。
なんだ、今更……もっとすごいものも舐め合っているというのに……
変に初心なところのあるイギリスが可笑しくてクッと笑うと、肩に回されていた手が動き、ぺしりとアメリカの頭を叩いた。
「痛っ」
叩かれ、頭が上下したせいで、頬に浮かんでいた汗が顎を伝い、イギリスの口元へと落ちた。
あっと思う間もなく、イギリスが赤い舌を覗かせ、ぺろりとそれを舐めた。
「……ん、しょっぺーな」
「……」
眉を顰め呟くイギリスに、アメリカは言葉にならない声を……発しかけて飲みこんだ。
熱に浮かされたとろりとした瞳で躊躇いもなく口に含まれる体液。
直前の会話から意趣返しとも取れるけれど、多分違う。
今の蕩けきったイギリスはきっと何も考えていない、分かっている。だけど、それ故に性質が悪い……
アメリカは掌で顔を覆い、全くとんでもない人だと溜息を吐いた。
息を吸い込みながら冷静さを呼び戻し、頬が赤くなりかけるのを耐えた。
そして、誤魔化す様にその唇に口づけた。
いやらしく自分を惑わす舌も、甘く熟れて自分を誘う唇も、全部塞いでしまえばこれ以上翻弄されることはない。
だってそうだろ?主導権を握るのはヒーローであるこの俺が相応しいんだ。
ベッドの下に入り込んでしまったらしいリモコンを探すのが面倒臭くて、アメリカは一度立ち上がり窓を開けた。
季節はまだ夏だけれど、夜風はいくらか涼しくなってきていた。
風と共にイギリスが丹精込めて手入れをしている庭の木々や草花の匂いが舞い込んできて、室内の空気を新鮮なものに入れ替える。
窓から流れ込んできた風がイギリスの髪を優しく揺らす。
寝苦しさからか顰められていた眉が、穏やかなものへと変わるのを見届けて、アメリカはイギリスの元へと戻った。
年齢の差か体力の差か、先に力尽きてしまったイギリスに、アメリカはそっとタオルケットをかけてやった。
空調が途中から効いていなかったせいで余計に汗をかき、いつもよりも体力を消耗したのかもしれない。
今はアメリカの隣で、すぴすぴと子供のような寝息を立てて眠っている。
幼い顔で眠るこの人が普通の人間と比べ物にならないくらい長い時間を生き抜いている国だなんて、きっとこの寝顔からは分からない。
しばらく、無防備な寝顔を眺めた後、アメリカもイギリスの隣に横になった。
このポジションを得るまでに随分と時間がかかった。
いまだに時折無視され続けたことを思い出すことは、イギリスには知られたくない。
ネガティブは彼の専売特許であっても自分のものじゃない。
仰向きに眠るイギリスを横臥して見つめていると、不意にその手がタオルケットを払い除けた。
身体の熱がまだ引いていなくて暑いのかもしれないが、そのままではまずい。
自分がいるのとは反対方向に飛ばされたタオルケットを、掛け直してやろうと腕を伸ばすと、その気配に反応したようにイギリスがこちらを向いた。
鼻をすんと鳴らし、アメリカだと確認したのか、身体の向きを変え懐に擦り寄るように入り込んできた。
思わず身動きが取れなくなったアメリカに反し、イギリスは腕を回ししがみついてきた。
そして、そのまま安心したように表情を和らげ眠り続けるイギリスに、堪らなくなって抱き締めた。
不器用なこの人は、無意識の時の方がずっと素直で正直だ。
ぎゅっと腕の中に閉じ込めると、やはりまだ少し暑かったのだろう。
眉間に皺を刻み、身体を押し返そうと身を捩ったので、起こさない程度の声で耳元に囁いてやった。
「イギリス、愛してるんだぞ」
すると、イギリスの動きがぴたりと止まった。押し返す力が止み、再びアメリカの胸に頬を寄せた。
眠っている彼にこの言葉がどこまで届いているのか分からない。けど、起きた時に覚えていないといいなと思った。