迷う心を映すもの 2/2




アメリカに手を引かれて歩いていたら、呆気ないほど簡単に家に辿り着いた。
道を間違えることも見失うことも一度もなかった。

住み慣れた我が家の門をくぐり庭へ入ると、丹誠こめて育てた花達が温かく迎えてくれた。
落ち着いた深みのある色を見せて咲き誇るバラに、優雅に綻ぶダリアにアスター
庭を彩る様々な花や木々がイギリスの帰りを歓迎してくれる。
庭に満ちる匂いと空気を吸い込んで、イギリスは安堵の息を吐いた。
でも、まだ終わりじゃない。

「ちょっと待っててくれ、少し部屋を片付けてくる」

イギリスはやっと帰り着いた家の中に入ると、アメリカをへダイニングへ通し、
お茶を出すよりも先に割れた鏡の元へと走った。
ぱたぱたと廊下を走り、目的の部屋の扉を開けると、
床には割れたままの鏡が散らばっていた。
イギリスは慌ててそれに近寄ると、床に膝をついた。

「……すまなかった、お前にはたくさん助けられたのに……」

イギリスは割れた破片をひとつひとつ拾い集め、慎重に枠に嵌めて行った。
……後でちゃんと修理に出して綺麗に直してもらおう。
そう、心に決め、ひと欠片戻すごとに謝罪をした。
「これで最後だ」
残ったひと欠片をイギリスは祈りを込めて戻した。
すると、淡い金色の光がぱあっと鏡から溢れ出して、一際大きく輝いた。
眩しさに目を眇め、徐々に収束して行くその光を見ると、その中心に鏡の精がいた。

『ごめんなさい、イギリス』

膝をつくイギリスの目線の高さまで浮かび上がった鏡の精が口を開いた。
それに驚いて、イギリスも慌てて返す。

「いや、俺がお前のことを顧みなくなったから……」

ううん、違うの。と鏡の精は首を振った。

『私のことが必要なくなるのは悪いことではないわ。
 ただ、イギリスとは長い間一緒にいたし、情が移ってしまったのね……
 嫉妬して、意地悪してごめんなさい』

「俺こそ、手入れもしてやらずにすまなかった……」
『そんなことないわ、イギリスは大切に扱ってくれていたわ。でも……』

鏡の精はそこで一旦言葉を途切れさせると少しさみしそうに笑った。

『長い間一緒にいれて楽しかったけれど、イギリスにはもう私が必要ないみたいね。
 私の力が効かないあの人、イギリスが何度も私に願ったあの人。
 あの人がまた側にいてくれるようになったのね』

「……ああ」

アメリカ相手になら素直に言えないけれど、妖精に嘘はつけない。
イギリスはぎこちなく、はにかむように笑った。
鏡の精は優しくそれを見守った。

『じゃあ、私は行くわね。
 あなたがこれからも私を必要としないでいられるように祈っているわ』

鏡の精はにこりと笑うと、割れた鏡に手をかざした。
すると、ひび割れた部分から光が溢れ出し、全体が白く光った。
光が消えると、鏡は割れたことなど嘘のように綺麗に元通りになっていた。

そして、再び手をかざし、現れた金色の光に飲み込まれるように鏡ごと姿を消した。

「行っちまった……」

一時はどうなるかと思ったけれども、鏡の精とも和解が出来て良かった。
不安で押し潰されそうだった心も、結局は原因を作ったはずの鏡の精に励まされている。
あの鏡があったから生きて来られた時期もある。
もう行ってしまった鏡の精に、イギリスは今一度感謝の気持ちを述べた。

「長い間、ありがとう」


ぽっかり空いた、鏡を置いていた空間を少し淋しく思いながら、
イギリスは立ち上がった。

「イギリス、イギリス!」

鏡の精の呪いが解け、行ってしまったことで近付けるようになったのだろう。
聞き慣れた声が自分を呼んだ。 

「やあ、お前達」

いつも一緒にいてくれる妖精達がまたイギリスの前に姿を現した。
半日も経っていないのに、酷く懐かしい気がした。
親しみをこめて呼ぶと、彼女達も嬉しそうに笑った。

「アメリカが待ちくたびれてるよ、早く行かないと!」

妖精達に急かされてイギリスは慌ててダイニングに向かって駆けた。
待ち合わせに遅れて待たせ、心配をかけた上に雨に濡れさせてしまった。
早く着替えを出して、温かい紅茶を入れてあげないと……

「アメリカ、待たせてすまない!」

勝手知ったる家とばかりに自由に寛いでるアメリカが
慌てて入って来たイギリスの顔を見て目を丸くした。

「あれ? 何だい、元気になってるじゃないか」
「え?」
「全く調子狂うなー君に振り回されるのはゴメンだぞ」

読んでいた新聞を放り投げ、椅子から立ち上がるとアメリカはイギリスの前に立った。
そして、イギリスの頬を両手で包み込み、ぎゅっと摘んだ。

「いひゃい! 何すんだこのばかあ!」

突然抓られ、驚いて抗議の声を上げると、手は割とあっさりと放された。

「……ばかは君の方だ。久々に会えると思ったら待ち合わせ場所に来ないし、
 探してみれば大泣きして立ち尽くしているし、一体どうしたんだい?」

真正面から問われてイギリスはバツが悪そうに目を伏せた。

「……妖精の呪いで何度行こうとしても辿り着けなかったんだ……」
「また幻覚の話かい?」
「幻覚じゃねえって言ってんだろ!」

ムキになるイギリスとここでやり合っても話は進まない。
アメリカは幻覚のことを無視して話を続けた。

「……まあいいけど……要するに1時間も迷子になっていたんだね」
「……1時間?」
イギリスは首を傾げた。おかしい、もっと長い間道に迷っていたはずだ。
慌てて腕時計と柱時計を確かめたが、どちらも同じ午後三時を指している。
待ち合わせからはまだ二時間も経っていない。
どうやら鏡の精の呪いは時間の感覚も狂わせていたらしい。

「違うのかい?」
「……いや……まぁ……」
説明してもまたバカにされるだけだと歯切れの悪い返事をすると、
呆れたような目で見つめられ、さらに貶められた。

「まだボケるには早いんだからしっかりしてくれよ」
「失礼だな!」

プンプン怒るイギリスをアメリカは適当にあしらった。
一体何があったかよく分からないが、
あの時、消え入りそうに見えたイギリスも、今はもう大丈夫のようだ。
全くいつもひとりで浮いたり沈んだり人騒がせなことだが、
放っておく訳にも行かない。

「イギリス、久しぶりに不味いスコーンが食べたいぞ」

こう言えばイギリスが怒りながらも嬉しそうにスコーンを用意するのを知っている。
どうせ今日も食べきれないくらい焼いておいたに違いないんだ。

「不味いは余計だ!」

ほらみろ、思った通りだ。

「イギリスー」
「なんだよっ!」

いそいそとキッチンに向かおうとするイギリスをアメリカは呼び止めた。
そして、ゆっくりと近寄りながら提案した。

「やっぱスコーンは後で良いよ。雨に濡れたし先にバスルームへ行こう」
「んなのひとりで行けよ!」
「何言ってるんだ、君の涙の跡だらけの顔も洗わないといけないだろう?」
「なっ!!」

羞恥と怒りで頬を真っ赤に染めたイギリスの腕を掴みぐいっと引き寄せると
アメリカはその腰に腕を回し抱え上げた。

「何するんだよ、ばかあ!! この馬鹿力!!」

荷物のように抱え上げられて、さらに赤くなってバタバタと抵抗するのを力でねじ伏せ、
アメリカはバスルームへと向かった。

会わなかった日々を埋める為にも、早くふたりで温まりたかった。




 

今回もファンタジー。妖精さん妖精さんアハアハアッハッハー☆  
相方には私が妖精萌えしてるのがバレました(苦笑)  
結構酷いことをされているのに妖精なら大丈夫。  
妖精には素直にデレるイギイギが愛しいです。

2009.10.05 千穂   

 

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