焦がれる紅




「イギリスーイギリス?」

ゲームをするアメリカから少し離れたソファで読書をしていたイギリスに
呼びかけてみたけれども返事がない。
少し前まで時折会話をしていたはずなのに……
振り返ってみると、読みかけの本を手に持ったまま
くたりとソファに半身を倒していた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。控えめな寝息が聞こえている。
仕方ないな、とアメリカは立ち上がってソファへ近付いた。

「うわ、ヨダレ垂らして寝てるぞ」

中途半端に斜めに傾いで眠るイギリスの口は半開きで
俯きがちな唇の端から透明な液体が零れている。

「……俺のキレイな思い出を返して欲しいんだぞ……」

先程ぼんやりと思い返していた、子供の頃の記憶。
イギリスとの穏やかであたたかな日々。
それを台無しにしてくれるようなイギリスの寝姿に溜め息を吐いた。

優しくてキレイなイギリスに恋をした。
自分に向けられる愛情が嬉しくて仕方がなかった。
でも、それは途中から苦しさを伴うものに代わって……

昔は決して見せることのなかっただらしない姿。

それはアメリカの心に深く根付く思い出を打ち砕くものではあるけれど、
今の方があの時よりもずっと近付いた気がする。
ずっと、向かい合いたいと思っていた。
綺麗だけど手の届かないものよりも、だらしなくても生身のイギリスがいい。

「こんな中途半端な格好で寝てるとカラダを痛めるぞ。
 老体なんだから、気をつけてくれよ」

眠り続けるイギリスに小言を言う。
けれど、それは届かないようで、構わずに無防備な寝顔を晒している。
仕方ないからベッドまで運んでやることにし、身を屈めた時に
ふと、テーブルの花瓶に生けられた薔薇に目が止まった。
「……」
美しく生けられたそれは紅色とオレンジの薔薇。
イギリスはどんな想いでこの花を飾ったのか。
何を願ったのか。

アメリカは紅色の薔薇を選んで一輪引き抜くとその花弁を毟った。
一枚、二枚と続けて毟り取り、ぱらぱらとイギリスの頭上に降り注ぐ。
紅い薔薇の花弁がイギリスを彩る。

「何だい、まだ見られるじゃないか。でも、口が台無しだぞ」

アメリカは苦笑しながら手を伸ばし、イギリスの口元を拭う。
ついでに半開きの唇も閉じさせてやった。

紅い花弁にまみれて眠るイギリスは美しかった。

眠るイギリスの姿が甘酸っぱい記憶の中のそれと重なる。
頬を染めて目を伏せた今よりも幼いイギリス。
もうずっと昔のことなのに色のついた鮮やかな記憶として蘇る。
そして、変わらずに抱き続けている想い。
恋という名のそれは、時に歪に姿を変えつつも
消えることなく胸に宿り続ける。

「オレンジの薔薇なんて捨てちゃいなよ」

イギリスが求めてやまない、捨てきれない想いを否定する。
そんなものよりも、胸を焦がす感情に溺れてしまえばいい。
今を、受け止めれば良い。

手にしていた花弁を失い丸裸にされた薔薇を後方に投げ捨てる。

イギリスの顎を掬い、攫うように唇を奪う。
小さく身動いだ身体を腕の中に閉じ込め、その熱を確かめる。
密やかに漏れる吐息に焦燥と安堵と、少し凶暴な何か。

唇を放し、アメリカはイギリスを抱えあげた。
イギリスの髪からはらりと落ちる紅い薔薇を尻目に見ながら、
その重みを胸に寝室へと向かった。



 

紅い薔薇の花言葉が”死ぬほど恋いこがれています”  
オレンジの薔薇の花言葉が”信頼、絆”というところから。  
イギリスはオレンジを諦めきれないといい。  

2009.09.20 千穂   

 

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