イタズラしちゃうぞ
ドアベルの鳴る音に手にしていた衣装をソファの背に掛け、
イギリスは慌ただしく玄関まで駆けつけた。
誰が訪ねてきたのかは知らないが、とにかく今は時間が惜しい。
手短に済ませようと心に決めてドアを開けると……
「やあ、イギリス」
「わっ、何だよお前! 来るの早ぇじゃねーか!」
これから迎えるはずのアメリカが、目の前に立っていた。
今日はハロウィン、いつものごとくアメリカを怖がらせてやろうと
必死に準備をしていたのだが、それが整うより先に当の本人が現れた。
約束していた時間にはまだ数時間早い。
「お、お前卑怯だぞ!」
「何が卑怯だい、時間が空いたから早く来ただけじゃないか」
いきなり卑怯者扱いだなんて失礼だぞ、とアメリカは口を尖らせた。
「う、うるさい! まだ準備中なんだよ!」
「別に構わないぞ、どうせ今年は俺の圧勝だけど、時間まで待っててやるぞ」
ふふんとこちらを見下ろして余裕の表情を見せて笑うアメリカを
イギリスは負けじと睨んだ。
「で、中に入れてくれないのかい?」
「え? ああ……仕方ねえなあ……あまりウロウロすんなよ、余計なこともするなよ!」
渋々といった態を露に、イギリスがアメリカを招き入れようとした時だった。
「Trick or Treat!」
子供特有の甲高い声が足許から聞こえた。
ふと目線を下げると、いつの間にここまで入ってきたのか、
おばけの格好をしてランタンを持った子供が手を差し出していた。
イギリスは少し屈んで子供と目線を合せるとにこりと笑った。
「ああ、ちょっと待っててくれ、今お菓子を持ってくるからな」
「へーイギリスの家にも子供が遊びに来るんだね」
用意しているお菓子を取りに屋敷の中へと戻るイギリスの後ろ姿に
アメリカの暢気な声が追いかける。
「うるさい、俺だって地域の人達との交流くらいしてるんだよ!」
振り返りながらイギリスは反論し、ダイニングへと消えた。
そして、すぐにちいさな包みを手にし、再び玄関へと戻って来た。
アメリカはその手に握られた包みを盗み見て、顔を顰めた。
用意されたお菓子は案の定イギリスの手作りで、
クッキーらしい物体は黒く固くいかにもマズそうだった……
それをイギリスは子供の手ににこやかに差し出した。
「……」
子供の目が目の前の物体に釘付けになっているのをアメリカは見た。
無理もない、明らかに人体に有害だと分かる代物だ。
「なんだよこれ! こんなの食べられるわけないよ!」
しばらく呆然としていた子供が、我に返って叫びだした。
からかわれたと思ったのか、ひどいじゃないか!と喚き、イギリスを睨み上げた。
そして、困惑するイギリスの前に、手にしたランタンをぐっと差し出した。
「イジワルするならイタズラしちゃうぞ!」
えいっという掛け声と共に、おばけの顔にくり抜かれたランタンの口から、
もくもくと現れた煙に巻き込まれ、イギリスとアメリカは目を瞑った。
「うわっ!」
全身を覆う黒い煙、その煙に巻かれた中で、自分の身体が変化するのが分かる。
内側から外側に向かって引っ張られるような、そんな不思議な感じ。
煙を振り払うように腕を動かし、徐々に晴れて行く煙の中で
ふたりはお互いに訪れている異変を見た……
「!!」
向かい合ったふたりの頭にはピンとたった三角の耳。
そして、お尻にはしっぽ。
イギリスのそれは黒猫を思わせる真っ黒でしなやかなしっぽ、
アメリカのものは銀色に輝くふさふさとした狼のしっぽだった。
アメリカは突如現れたそれらを訝し気に眺めた。
試しに自分のそれを引っ張ってみたが、しっぽも耳も身体から生えていて、
とれない上に痛覚まである。
ついでにイギリスの耳も引っ張ってみたが、やはり同じだった。
急に耳を引っ張られ痛がるイギリスを放置して、
一体何をしたのだと訊ねる為に子供に視線を向けたが、
さっきまでそこにいたはずの子供は、跡形もなく姿を消していた。
「……」
「なんだ、あいつ……妖精だったのか」
どんなトリックを使ったのだと絶句するアメリカに対し、
イギリスは最初こそ驚いていたものの、平然とした態度だった。
アメリカに引っ張られて痛む耳を撫でながら、
目の前で起こっているこの現象を当たり前のように受け入れている。
アメリカは目眩がした。
「ねえ、君……これは何の冗談なんだい?」
「妖精の悪戯だ……何か条件を満たすまで戻らない」
「妖精……また君の幻覚かい……で、それは一体なんなんだい?」
「俺にも分からない、調べてみないと……」
『全くこの不思議国家め……』アメリカ頭を抑えながら心の中で呟いた。
幻覚に巻き込まれるなど冗談じゃない。
何とかして元の姿に戻らなくてはならない。このままでは大いに困る。
先程から何故か妙にざわざわと落ち着かない気分が、その想いを強くする。
焦る気持ちを胸にアメリカはイギリスを見た。
イギリスは口元に手を当て、何事か考え込んでいるようだった。
だが、その目元は何故か赤く染まっていた。
そして、伏し目がちの目はアメリカが気になるのか、
時折チラチラとこちらを窺っていた。
黒いしっぽも物言いたげにふよふよと浮いている。
ふと、甘い香りがアメリカの鼻孔を掠めた。
風に乗って運ばれたそれは、どうやらイギリスの身体から発せられているようだった。
甘く、酔わせるこの香り……それはアメリカにひとつの衝動を促す。
喉に渇きを覚えて、アメリカはゴクリと唾を飲んだ。
ドクドクと高鳴る鼓動がうるさい。
イギリスがまたチラリとアメリカを見遣った。
物言いたげに開かれた唇は、言葉を発さずに吐息だけを漏らした。
媚態という単語がアメリカの脳裏に浮かんだ。
イギリスの今の状態を表現するなら、まさにそれだと思った。
吸い寄せられるようにアメリカが一歩踏み出そうとしたのと、
イギリスが待ちきれないようにしっぽを動かしたのは同時だった。
イギリスとの距離を詰めるアメリカの腕にイギリスのしっぽが絡み付く。
するりと肌を撫で、誘うように動くその感触にアメリカの理性は奪われる。
引き寄せられるようにもう一歩、さらに後一歩でふたりの間の距離はゼロになる。
もどかしそうに上目遣いで見上げるイギリスに、アメリカの血が滾る。
堪らなくなって腕に絡む黒いしっぽごとイギリスを掻き抱いた。
顔を埋めた首筋から甘い、甘い匂いが香る。
まるでケモノにでもなった気分。白い首筋がひどく美味しそうに見えた。
アメリカは、喉を鳴らしてイギリスの薄く血管の透ける首筋をペロリと舐めた。
脳髄に甘い痺れが湧き起こる。
脈打つ血管に犬歯を突き立てたい衝動を何とか抑える。
が、このままでは治まらない。
どうすればいいかは、本能が教えてくれた。
アメリカはイギリスを抱え上げ、屋敷の中へと進んだ。
イギリスの私室まで行くのももどかしく、手近なゲストルームに入った。
綺麗にメイキングされたベッドの上にイギリスを下ろすと噛み付くように口づけた。
深く口づけるほどに襲う酩酊感。
もっとじっくり、余すところなく味わいたくてアメリカはイギリスを組み敷いた。
甘い香りは一度身体を繋げたあとも止むことはなく、
アメリカは一晩中イギリスを貪り続けた。
「おい、いい加減に起きろよ!」
「……痛っ」
存分に汗をかいて良い気持ちで眠りについていたアメリカを
イギリスが容赦ない蹴りで叩き起こす。
寝起きでまだうすらぼんやりとした視界には、
ベッドサイドで仁王立ちしているイギリスの姿が映った。
イギリスは今日も朝からシャツのボタンを一番上までとめてキッチリしている。
「……あれ、イギリス……耳がないね……」
「あ、当たり前だろ! もう呪いは解けたんだよ!」
昨日の不思議な出来事を思い出し、疑問に思って問うてみれば、
あんなものいつまでもついていて堪るもんかと、ポコポコと怒りながら文句を言った。
「なんだ、可愛かったのに……」
「な、何言ってんだよ、ばかあ!!」
折角褒めたのに、素直じゃないイギリスはアメリカに罵声を浴びせた。
しかし、その頬は照れて林檎のように真っ赤になっていた。
「で、結局呪いは何で解けたのさ?」
「……そ、それは、その……アレだよ……」
面倒臭いので昨日の出来事はもうイギリスの言う呪いとやらにしてやることにしたが……
イギリスは言葉を濁してなかなか理由を言わない。
だが、もじもじと言い淀むイギリスの顔は、妙にサッパリしてツヤツヤしている。
エロ大使にかけられた呪い、妙にムラムラした気分、
やっぱりそういうことなんだろうなあ……とアメリカは溜め息を吐いた。
「あっ! そういえば、ハロウィン終わっちゃったじゃないか!」
「え? ああ、そうだな……」
「君のせいで予定が狂ったんだから、今年は君の不戦敗だ!」
「はぁ?! バカなこと言ってんじゃねえよ! お前が早く来るから悪いんだろ!」
「関係ないよ、君のところの幻覚のせいだろう?!」
「幻覚じゃねーだろうが!」
折角色々と用意していたのに、予想外の出来事で予定が崩れてしまった。
関係のないつまらないことも交えてしばし言い争ったが、
準備していたものが活かせなかったのはお互い様ということで、
結局今年は引き分けで、勝負は来年に持ち越すことになった。
次こそは完全勝利だ。
時間切れで朝チュン。そして無理矢理締めました。
めくるめくケモ耳しっぽエチの予定が!!!
酷く残念な感じなので時間が出来た時に
こっそり直せたらいいなーとか思ってます・・・
とりあえずまだ話少なくて寂しいので数合わせに置いときます;
2009.11.06 千穂